一度きりの人生なら
尾道港からフェリーに揺られ、百島(ももしま)に降り立つと、鳥のさえずりが聞こえてくるようなのんびりとした空気に包まれる。石山辰也さんは、尾道の離島・百島の地域おこし協力隊として活動し、2025年9月末で任期を終えた。今もこの島で生活している。
前職は物流大手のドライバーとして、分刻みのスケジュールを駆け抜けていた。早朝に家を出て、子どもたちが眠りについた深夜に帰宅する。家族を養える安定はあった。しかしふと、「この生活を、あと25年近くも続けるのか」という現実が頭をもたげた。
「一度きりの人生、お互い悔いなく楽しもう」。夫婦共通で好きな曲の歌詞が、石山さんの背中を押した。妻と話し合い、石山さんは地域おこし協力隊へ応募。単身で尾道へと移り住む決断をしたのは、40歳を過ぎてからの大きな決断だった。

協力隊として、
自分自身として
自分
地域おこし協力隊員としての活動は多岐にわたっていた。メインミッションはマリンアクティビティの振興だったが、島で生活を始めてみると、目の前には次々と課題が飛び込んできたのだ。
島を活性化しても、暮らしづらければ意味がない。増えすぎた竹を活用し、島民と一緒にイベントを作り上げた。島を悩ませていた獣害に対応するため、狩猟免許を取得。メッセージアプリで島のオフィシャルアカウントを構築し、船の時刻やごみ収集日を迷わず確認できるように整えたのも、彼の仕事だ。
もちろん、海での活動も忘れない。SUPのインストラクターやライフセーバーの資格を取得。SUP用のボードを増やし、保管場所を整備し、時間に追われることなく過ごしてもらえるよう、宿の営業を始めた。ドライバー時代には知る由もなかった経験と肩書が次々と刻まれていく。できることが増えていく感覚は、人生に想像以上の彩りをもたらした。

離島生活が育んだもの
年に数回、東京で家族と過ごす。そして尾道に帰ってくると、自然と心が凪いでいく。移住前も今も好きな景色は、JR尾道駅前の芝生広場だ。海を眺めながら、ただ座れるベンチがある。都会では目にできない素朴な光景を見つめながら、百島行きのフェリーに乗り込む。
石山さんを驚かせたのは海だった。力強い太平洋は動のエネルギーに充ちているが、やさしくたゆたう瀬戸内海には静の美しさがある。SUPで海へ出れば、足元を泳ぐ魚の姿がはっきりと見える。毎日海のそばで生活していても、その感動は未だに色褪せないという。
島の人々との距離感も心地よい。知り合いゼロの状態からスタートしたが、今ではどこへ行っても「いい顔をしているね」と声をかけられる。かつての鋭い表情は、穏やかなものへと変わっていった。

百島で、自分の人生を描いていく
協力隊の任期を務め上げた石山さん。改めて島に根を下ろすために家を購入し、自らの手でリノベーションを始めている。
「百島での仕事は、すべてが自分の人生に紐づいています。今後は、子どもたちの進学や卒業の節目に合わせて家族を呼び寄せ、この島で一緒に暮らしたい。それが今の僕のミッションです」。
東京での安定を手放して手に入れたのは、自由と自分らしさだった。流れる雲と空の色、潮の満ち引き、そして地域の人たちと交わす何気ない会話。石山さんが選んだ離島での新しい人生に、生業が生まれ、力強く刻まれ始めている。









