支配人と会える、海辺の映画館
青い水面に太陽が降り注ぐ穏やかな朝、シネマ尾道の営業は始まる。
「いらっしゃいませ」「おはようございます」。観客を笑顔で出迎えるのは、支配人の河本さん。「いい映画だったわ」「また来るね」。上映後も観客との会話が弾む。午後になると、河本さんは大量のチラシを抱えて自転車に飛び乗った。向かった先は、商店街。お店を一軒ずつ訪ねながら、上映スケジュールの書かれたチラシを手渡ししていく。
「人との距離の近さが、この映画館の魅力。お客様の『いい映画だった』の一言が、とにかくうれしい」
市民の募金で
“映画のまち”復活へ
2008年にオープンしたシネマ尾道。ここは“ただの映画館”ではない。尾道は大林宣彦監督の「尾道三部作」や小津安二郎監督の「東京物語」のロケ地として知られ、最盛期には10を超える映画館があった“映画のまち”。でも、河本さんが京都からUターンした数年後には、映画館は姿を消してしまっていた。
河本さんにとって、映画館は「幼い頃からおじいちゃんによく連れていってもらった」という大切な場所。そして、「映画は心のよりどころ。尾道の人たちにとって心の支えになる場所が必要」と、友人と映画館を復活させる活動を始めた。すると、映画を愛する市民たちから2700万円もの募金を集まり、シネマ尾道が開館したのだ。
運営手伝う市民ボランティア、
常連客に支えられ
デジタル化が進む昨今、地方での映画館経営は難しいと言われる。ただ、シネマ尾道には運営をボランティアで手伝う市民や、毎月のように劇場に足を運ぶたくさんの常連客がいる。オープン以来、来館者数は右肩上がりで増え続け、今では年間約2万人が訪れるようになった。
もともとはアパレル勤務で、映画業界とは無縁だった河本さん。何がそこまで彼女を突き動かすのか。それは、生まれ育った尾道、そして支えてくれる人たちへの思いだった。
「一度だけあった閉館の危機のときも、みなさんの募金に救われた。ずっと市民や映画ファンに支えられてきた。尾道じゃなかったら、私はきっと映画館を経営していないはず」。映画は、心のよりどころ。だからみんなが悲しいとき、つらいとき。そんなときに、心の支えになりたい。映画館には、それができると信じている。
尾道から新作映画、
未来の映画監督を
尾道への思い。それは、次世代への思いにつながっていく。「子どもたちに映画のすばらしさ、ワクワク感を伝えたい」と、河本さんは自ら地元の小学校で映画に関する出張授業を行っている。さらに、プロの映画監督を招いて映画制作のワークショップも開催。子どもたちがつくった映画はシネマ尾道で上映され、観客を招いて舞台挨拶まで行うそうだ。「将来、映画監督になる子が出てきてほしい」と夢を膨らませる河本さん。
そして、「尾道を新しい映画を撮影する場所にしたい」という構想もあるそう。“映画のまち”の新しい歴史が、これから始まろうとしている。