列車から見えてくる造船所のクレーン群
「海が見えた。海が見える」。
作家の林芙美子は、汽車から5年ぶりに見た尾道の景色をこのように著している。『放浪記』の初版は1930年。今から90年近く前の情景だ。
そして時は現在。JR山陽本線が尾道水道に差し掛かると、海沿いに佇む造船所のクレーン群が見えてくる。坂道、ねこ、レトロな町並みなど尾道を表す言葉は数あるが、クレーンのある光景もまた、このまちには欠かせない。尾道は、造船関連の企業が多く集まるまちでもある。
海運を支える
尾道の地場産業
JR尾道駅の向かい、瀬戸内海をはさんだ先に見えるのは、船舶の修理を担う向島ドック。このまちのシンボリックな光景を形作っている、地場産業のひとつだ。
社長を務める久野さんは、尾道側から見える向島を、日々写真に収めている。季節の移ろい、水面にきらめく光の様子、潮の満ち引き、船が織りなすしきなみ。日によって、航行している船が異なるため、同じ景色の中にも毎日変化が起こっている。
「日本の内航海運になくてはならない仕事が、この尾道にある。そこで働く仲間が、ここから見える。尾道水道や向島ドックを眺めているとそれが実感できて、たまらなく嬉しくなるんです」。
古くから続く体制に一石を投じる覚悟
久野さんは「社員は志をともにする仲間。社長というのはあくまで役割で、自分は仲間の幸せをバックアップする一社員なんです」と語り、社員一人ひとりへ厚い信頼を寄せる。それは、思いの表明だけにとどまらず、自らがプレイヤーとなり行動にもあらわれているのだ。
船舶の製造と修理を行う造船業は、これまで職人的な経験で支えられてきたといっても過言ではない。また、顧客の希望に沿うためには休日返上も珍しくなく、マンパワーだけでなんとか対処してきた歴史も否めない。
このような業界の体制に一石を投じようと、船舶の修理という仕事の本質を定義し直そうという大プロジェクトを久野さんは推し進めている。社員の働きやすさ、やりがい、仲間が集う環境を整え、同業他社や顧客にもその姿を示すことで、新しい時代への転換を促進しているのだ。
時代の潮流とともに業界も変わっていく
ほかにも、自社が船主となる内航船を所有することで、顧客目線の知見を深め、顧客の問題を自分ごとで捉えて課題の解決を目指している。2024年には「むかいしま」の名を冠したEV船を就航させ、業界そのものだけでなく、そこで働くすべての人たちのあり方を見つめ直しているという。
「同じ景色の中にも、毎日変化がある」と久野さんは語っていた。尾道水道にはまたひとつ新しいしきなみが生まれ、ゆっくりと波及していく。その光景の中には、向島ドックで働く人の姿が確かにあるだろう。
これからもっと、地場産業はおもしろくなっていく──。尾道の景色は、そんな予感を期待させる可能性を秘めている。