島からは
「いつか出るもの」だと
思っていた
「地元を離れ、都会で暮らしたい」。
そうして外に出ることで、初めて故郷の魅力に気付く人もいるだろう。
因島生まれの松本さんもその一人だった。大学進学を機に県外へ出て以降、京都や東京でのサラリーマン生活を経験したが、故郷・因島での独立を決意して2018年に帰島した。現在は、因島の土生商店街で1日1組限定の宿「HUB INN」を営みながら、地元住民や宿泊客との交流を深めている。
一度島を出た松本さんを、再びふるさとへと導いたものはなんだったのだろうか。
離れてみて初めてわかる
海の美しさ
都会にはなんでもあった。夜の街はいつまでも明るく、刺激的で楽しかった。
一方で、帰省のたびに気付いたことがある。因島に流れる時間の素朴さ、人のあたたかさ、水面のきらめき、船の行き来する海景。「“海ってこんなにきれいだったっけ?”――海に囲まれた島で育ったのに、そう感じることが増えました」。
また因島はロックバンド「ポルノグラフィティ」の出身地。2018年に尾道で行われた凱旋ライブに、松本さんも帰省して参加した。「地元の先輩が因島を誇ってくれている。すばらしい場所だと発信している。そんな姿に、ものすごく勇気をもらいました」。ライブで受けたパワーに突き動かされ、松本さんは故郷で開業しようと決意した。
生まれ育った因島で
開業するという挑戦
「宿をやろう」と決めてからの行動は早かった。まず尾道のホテルで清掃の仕事を始め、同時に物件探しに奔走する。地元の人に本気度を伝えたくて、特に土生商店街には何度も通った。そうこうしていると、商店街にある鮮魚店の主人が空き物件を紹介してくれた。
ここを、思い出に残るような場所にしたい。来てくれた人と誠心誠意向き合える、1日1組の宿に――。
物件探しの様子や、地元への想いはSNSで発信した。全てが順風満帆ではなかったが、クラウドファンディングではたくさんのあたたかいメッセージに胸が熱くなった。そうして、多くの声援に支えられながら「HUB INN」は2020年12月4日にオープンした。
「また来たい場所」と
思ってもらえるように
宿のそばに住まいを構える松本さんは、商店街が動き出す音で目が覚める。午前中のチェックアウト業務を済ませると、次は清掃だ。日当たりが良い客室。無垢材の木目や漆喰の白が、窓から入る陽光とやわらかく調和する。
2023年1月には、母屋の近くに1人客専用宿「HUB INN 離れ」をオープンした。ちょっとした移住気分を味わえる長期滞在プランにも対応し、因島での新しい過ごし方を提案する。
「僕にできることは限られています。でも、小さい歩幅でも歩みだけは止めないでいたい」。そう話す松本さんからは、炎のゆらめきのような静かな意志を感じた。
バスや船が発着する土生港は、昔から人と地域をつなぐハブの役割を担ってきた。そんな地名から着想を得て名付けられた「HUB INN」。島の若き宿主は、今日も笑顔で宿泊者を迎えている。