地域に根付く
尾道唯一の大学
尾道市北西部の久山田町にある尾道市立大学は、2学部3学科というコンパクトな編成の公立大学だ。市街地からは車で15分ほどと少し距離があるものの、広大な水源地と山々に囲まれた豊かな自然の中、およそ1,300人の学生が学んでいる。
美術学科の教壇に立つ小野さんは、大学の創立に合わせ、2001年に関東から尾道へ移住。教育現場に携わる傍ら、国内外の作家が尾道滞在を通して制作を行うアーティスト・イン・レジデンス「AIR Onomichi」の主宰や、尾道空き家再生プロジェクトの活動に参与。大学教授として、アーティストとして、そして尾道市民として。小野さんは幅広く活動している。
初めての尾道、
空き家との出会い
幼いころから絵画が好きで、自身の大学時代は油絵科に在籍していた。しかし大学3年次のころから、建物や町の佇まいにも興味を持つようになり、徐々に表現の幅が広がっていった。
小野さんが特に印象深かったと話すのは、ヨーロッパ旅行中に見たドイツのベルリンの状況。かつて東西を隔てていた壁、その付近や旧東側に点在する廃墟などの空間的特徴を活かし、若いアーティストらが思い思いのアートを展開していた。90年代後半のことだ。
そんな空間への憧れをたずさえたまま、初めて尾道にやってきた小野さん。その視線は、山手に点在する空き家へと注がれた。町にとって空き家はネガティブな存在かもしれない。だが小野さんの目には、可能性を秘めた場所として映ったのだった。
地域のすべてが
学びのフィールド
小野さんは、尾道にさまざまな活動拠点を持つ。大学教授としての1日について尋ねてみると、「キャンパスで過ごすことも多い」という一方で、学生たちと町や島に繰り出して、作品にふれるフィールドワークも盛んに取り入れているという。
また、自身が主宰者として関わるアーティスト・イン・レジデンス「AIR Onomichi」の現場にも、学生たちの姿がある。国内外からやってきた作家の制作過程を間近で見つめ、新しい価値が生まれる瞬間に立ち会う。平面的なモニター越しでは得られない貴重な経験を、学生たちは積み重ねていく。
さまざまな時代の
断片が点在する町
「美術には、ひとつの物事を多様な視点で見つめ直す役割がある」と小野さんは話す。
たとえば空き家とアートを掛け合わせることで、負の地域資源は作家のアトリエになる。作品そのものにもなる。新しい視点で見つめ、取り壊すことなく活かせたのなら、建物に刻まれた時間の層がまたひとつ、町のグラデーションとなっていくだろう。
古さと新しさが少しずつ混じり合い、多様性がゆるやかにつながっている。時代やテーマにしばられない町の風景。尾道の魅力の一端は、そこにあるのかもしれない。